parmesan higashi-Omiya

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2005年 09月 14日

死に至る病

 あるきっかけから、父のことを思い出した。
 今はそのことで頭がいっぱいになって、どうしようもない。だから、ここに記してみようと思う。
 個人的なことだし、かなり長くなってしまうので、興味を持った方だけ読んで頂ければ結構です。




 僕は父を癌で亡くしたのだが、父は遺言やら遺書みたいなものを特に残していない。でも、自分にとっては遺言のように思えてならない言葉がある。
 「人間、生きていればいつか諦めなくちゃならない時が来る」
 そんなの、当たり前じゃないか。でも、癌にやられてぼろぼろになった父が吐いたこの言葉は、僕にとってあまりにも重たい。


 父が体調不良を訴え始めたのは、2001年の初め頃。初めは何が原因なのかさっぱりわからなかったが、それが癌であることがわかったのが6月。手術に備えて翌月から入院したのだが、手術前の検査の結果は「最悪の場合も考えて欲しい」とのことだった。この頃は、何を食べても味を感じられなかったことをよく覚えている。
 癌の摘出手術をしたのが、8月の終わり。手術室から出て来た父に会った時は、家族も親類もただただ号泣するのみだった。術後の経過はなかなか良好で、9月下旬に一旦退院。ハンデを負った身体になっちゃったものの、まずは父の帰還に安堵した。退院後、再び体調を崩して再入院するまでの数週間は家族であることを素直に楽しめたものだった。
 再入院した頃から、父は激しい痛みに襲われるようになった。激しい痛みに呼応して、痛み止めもかなりキツいものを投与されるようになっていった。父が薬でだんだん壊れていくのを目の当たりにするのは辛かったが、父が生きたい以上は支えてやりたくて、病院側の迷惑も顧みずに母と妹と僕の3人は毎日交代で病室へ押し掛けて病室に居座っていた。
 医者には「体力が残っている内に、一度ご自宅に帰してあげた方がいいですよ」なんて言われる始末。そして父は僕の誕生日に合わせるように、再び帰ってきた。一時退院した父のことを、家族みんなで寄って集ってこれでもかって面倒見まくった。

 そして12月。病院へ向かう車を待つ間、父は僕に「遺言」を吐いた。

 この先の父は、不思議な存在になった。うつろな目で、いつも意味がわからないことばかり言っていた。日に日に痩せ細ってしまい、まるでおじいちゃんだった。「急いで生きてるみたいだねぇ」って呟いた母は、むしろ晴れ晴れとした顔で、死ぬまでとことん付き合ってやるって気力に満ちていた。この頃は、父の病室が家で、家はただの仮眠室だった。
 もう2001年も終わりに近づいた頃の深夜、僕は病室で父と二人でいた。すると父が突然、まるで誰かに言い訳をしているかのように一生懸命に語り始めた。意味はさっぱりわからない。でも悲しそうな顔で一生懸命何かを伝えようとしている。僕は父の手を握り、父を褒めちぎった。「達夫さんは偉い、達夫さんは凄いって、みんな言ってるよ。みんな喜んでるよ。本当に良かったね。」と。すると父の表情が、まるで赤ん坊のようになった。天井の一点を凝視しながら、空が白むまで父は一生懸命に何かを訴え続けてた。あんなに真剣で無垢な父を見たのは、初めてだった。

 2002年1月8日の朝。仕事に向かう僕に母は「できれば休めないか?」と言った。僕は「何かあったらすぐ連絡してよ」と言って、職場へ向かった。そして昼頃に職場に母から連絡が入る。それ程切迫したようには感じられなかった僕は、コンビニに寄ってから池袋駅へ向かった。そして、埼京線が大宮駅の地下ホームに入るちょっと手前で携帯電話が鳴る、「父ちゃんの心臓が止まった」と。
 僕が泣きわめきながら日赤になだれ込んだ時、父の心臓は再び鼓動し始めていた。勿論、意識は無い。僕ら家族は、きれいな夕焼け空を見たり、穏やかな顔の父を見たりして過ごした。
 突然、父はくしゃみをした。その拍子で人工呼吸器がすぽんと外れてしまい、思わず僕らは大笑いしてしまった。笑いながら母は「嫌がってるみたいなんで、外しておいて下さい」と医師に伝えた。
 そして翌日の早朝、父は逝った。


 父が僕に残してくれた言葉は、「人間、生きていればいつか諦めなくちゃならない時が来る」だ。
 これを、「いつか諦めざるを得ない瞬間が来るのならば、それまでは精一杯頑張れ」という意味に置き換えることもできるし、前まではそうなんだって思ってた。でも、こうやって改めて父のことを思い出してみると、これじゃきれいごと過ぎるよな、と感じてしまうんだ。
 果して僕は、本当に諦めざるを得ない瞬間があることを理解しているのだろうか?本当の絶望のことを、どれだけ知っているのだろうか?そもそも、今まで本当に絶望なんて感じたこと、あるのか?それがどんなものなのかわかってるのか?・・・そんなの、わかってないよな。だって、今でもこうやってのうのうと生きていられる自分がいるんだもの。
 のうのうと生きることは、悪いことなのか?もっと真摯に生きるべきなのか?それとも、のうのうと生きることくらい許されることなのか?そんなのは好悪や善悪で計るべきことでもないのか?
 そもそも、生き死にに関わらないようなことを「絶望」なんて言ってる自分は、甘すぎやしないか?

 僕は、自分に問いかけ続けたい。僕もいつかは全てを諦めざるを得ない瞬間を迎える。その時、自分は人生に未練を残さずに諦めることができるのだろうか?
 答えは、これからの生きざまにかかっている。
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by f.c.barg | 2005-09-14 06:02 | かく語りき


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