カテゴリ:ビギニング( 7 )


2007年 08月 01日

引っ越しました。

 ご無沙汰でございます。デニスを見ると、コレを思い出す。
b0010964_1726017.jpg




 そんなことはどーでもいいんだけども。






 唐突ですが、引っ越しました。

 引っ越したのは、住まいではなく、ブログですが。



 今後は、コチラでやってみます。
 引き続き、宜しくお願いいたします。
[PR]

by f.c.barg | 2007-08-01 17:27 | ビギニング
2006年 01月 09日

新しい人

 年末から年始にかけて、信じられないくらいハッピーな転機を迎えてしまいました。そのことで、このブログを続けようか迷ってました。
 結論としては、続けてみます。だから、これからもよろしく。

 ただ、今までとはちょっと違った感じになっちゃうかな、と。それってどんな感じ?と聞かれても、やってみなくちゃわからないんだけれど。。
 今まで・・・正直に言ってしまえば、読んでる皆さんのことを考えて結構気を遣ってました。特に、大宮関連でね。でも、そういうのはもうやめます。だいたい、普段は自分のことを「おれ」って言ってるのに、このブログでは「僕」なんて使ってた。。

 ま、これからも何か機会がある度に、今の自分なりに綴ってみたいもんだなぁ、って考えてます。





 ついでだから、ここまでの約一年半を振り返ったりしてみた。


 自分から手放したものは、永遠に取り戻せはしない。なのに自分は、それを取り戻そうと躍起になってた。その為の手がかりになればと思って、2004年の夏にこのブログを始めてみたんだ。
 その頃の自分と言えば、こわれた大切なものといつか又あえる日がくるはず・・・なんてなことを呪文のように唱えながら、思いの丈をここに晒し続けてた。本音も、建前も、本音だか建前だか自分でもわからないようなこともひっくるめて、総体的には結構あからさまに綴ってきたと思う。
 ただ、読み手にどんな風に伝わるんだろう?ってことは、いっつも気にしちゃってた。だからこそ、自分のことを「僕」なんて使ってたんだろうね。


 振り返ってみると、個人的なことも結構綴ってる。
 その中でも一番大きかったのは、父のこと(今日、1/9は父の命日だ!)。2005年9月14日の真夜中にキーボードを叩いて綴った言葉は、自分の言葉なのにすごく重たい。その頃の自分は息をしてるのが痛いって感じるほど絶望してた。本当に、大宮の試合が無けりゃダメになってたかも知れない程だった。でもその晩、ふとしたきっかけで死にゆく父の姿を思い出して、自分が途方も無く甘ったれてたことに気が付いたんだ。死んでいった父に比べれば、おれの絶望なんて途方も無く甘かったよ。父は、それを改めて教えてくれた。死んでしまった後も、父は僕のことを想ってくれている。嬉しくて、情けないほど泣き喚いてしまった。
 やっぱりおれは、甘ったれだなって。もう一生直りそうもない。。


 もう一つ、印象深かったこと。このブログを始めて一年経った2005年8月12日は、こんな言葉で締めくくられてた。
「何か得られるかも知れないし、何かわかるかも知れない。何か始まるかも知れないし、何か終わるかも知れない。」
 そして今、本当にそうなった。失ったものとは比べ物にならない程に大きくて大切な存在を得て、生きてるってことがどんなことなのかって、やっとわかった。ちょっと前からだんだんわかってきていたんだけど、ここで本当にわかったんだ。

 結局、このブログを続けて本当に良かったって、そう感じてる。





 あの頃の僕は、もうこの世にはいません。よく頑張ったね、お疲れさま。今まで本当に、本当にありがとう。
 今のおれは、新しい人です。これから、どうぞよろしく。そして、いつまでも幸せでありますように。
[PR]

by f.c.barg | 2006-01-09 21:15 | ビギニング
2006年 01月 03日

プライマル

 やっぱり、大宮はすごい街だ。
 僕の願いも希望も歓びも未来も全部飲み込んで、この街は大きく膨らんでく。ここで生きていることが嬉しいって、改めて感じてる。そう強く思ってる。

 いちばんプライマルな想いをいつまでも抱えながら、切りがない程ハッピーに生きていきたい。心から、そう思うんだ。

b0010964_1722226.jpg
[PR]

by f.c.barg | 2006-01-03 17:33 | ビギニング
2005年 12月 26日

LONG SEASON

 実際に勝ち上がったことで、初めて実感した。とても長いシーズンを過ごしている感覚ってものをね。
 僕はここまで、天皇杯で決勝まで進むことを前提に生活してきた。勝敗が決する前から全てのチケットを買っておいたのは伊達じゃないし、絵に描いた餅でもない。もっと言ってしまえば、天皇杯で優勝することを前提に来期に思いを馳せらせたりも、しちゃってるんだよね。天皇杯を制するとその年のリーグでの成績が振るわないってジンクスと、昇格2年目のジンクス、両方合わせてぶっ飛ばしてやろう・・・なんてね。

 そんな僕なのに、何で今、半分夢の中にいるような気分でいるんだろう?準決勝に進んだことも、次の対戦相手のことも、ちゃんと真剣に捉えてる。なのに僕は、どこかおかしい。面倒な仕事のせいにしたいけど、多分違うだろうな。。
 半分夢の中にいるって言っても、それはいろんな感情が入り乱れたカオスっぽいものだ。いい気分になったかと思えば、とてつもなく落ち込んだりもする。そんな妙な感覚に24日の深夜から25日の明け方まで浸ってて、一眠りして一仕事終えた今でもまだ妙な感覚の後味が舌の奥の方に残ってる。


 多分、多分だけれど、「大宮を応援してる時の自分」と「ひとりの人として生きている時の自分」との間にものすごいギャップを感じていたんだろう。普段の僕は、内向的であまり人と接するのが得意ではない(あるいは人に心を開かない)のだけれど、ゴール裏での僕は無意識にその逆の方向へ行っている。今さらながら、そんなギャップに気が付いてしまった自分。
 そして、ゴール裏の自分に普段の僕が呼応しているのかわからないけれど、以前に比べて人に心を許せるように変わってきた自分を普段の生活の中で見つけたりもしてる。自分は孤独の中に安定を求めていたのに、そうではない生き方に、だんだん侵されているみたいなんだ。生きることは変わろうとすることと留まろうとすることのせめぎ合いなんだってことを、改めて強く感じてる。


 どうも僕は頑な過ぎる、それはわかってるんだ。「少しは自分を甘やかしてあげて」と言われたこともある。うん・・・そうかも知れないし、理解してるつもりなんだけどさ。。
 まだ終わった訳じゃないんだけど、今年は本当にいろんなことがあった。本当にいろんな想いを重ねてきた。何が僕を変えていこうとしているのかは兎も角、自分が変わっていくことを「自分が壊れていく」と感じてしまう僕は、なかなかの不器用者だ。でも、一度壊して成仏させなきゃ、自分はいつまでも自分の限界の中に留まったままになってしまうのではないだろうか?


 果して僕には、僕自身を壊す覚悟ができているだろうか。まぁ、ダメ元でやってみるしかないけどさ。。
 取りあえず、今夜中に最初の一歩だけでも踏み出してみよう。
[PR]

by f.c.barg | 2005-12-26 00:45 | ビギニング
2005年 08月 12日

幼年期の終り

 僕の恋人だった人は、マリノスが好きだった。もちろん僕は大宮の応援をしていて、そのことを彼女も勿論知っていた。でもマリノスが勝つと彼女が喜ぶから、それが嬉しくて僕は大宮の試合の合間に一緒に横浜に行ったものだった。
 動機が何であれ、繰り返し接してるうちにマリノスにも横浜にも自然と愛着が持てるようになった。そう、そもそも僕が初めて見たJの試合は、他でもない横浜マリノス、まだFが付いてなかったマリノスだったんだ。
 大宮は自分が生まれそして骨を埋めるべき場所なんだってことは当然のごとく感じていたんだけれども、でも大宮がJ2にいるまでは横浜に愛着くらい持っても構わないだろうって、正直、その頃はそう思っていた。マリノスの試合日程ができるだけ大宮の試合と重ならないことを願っていた2003年までの話だ。

 2004年。僕は自分のことしか考えなくなって、彼女をたくさん泣かせてしまった。自分のことしか考えられなくなった僕は、何が本当に大切なものなのかも見失ってしまっていた。しかも、大切なことを見失っていることにも、気が付いていなかった。ただひとつところに向かって進むしかできなくて、まわりの景色なんて全然見えなくなっていた。我ながら、本当にバカで脳天気な自分。。
 後になって、一度失ったものを取り戻したいと思ったけれど、そう思っていたにも関わらず、結局のところ僕は本当に大事なことから逃げていた。もっとも、「大事なことから逃げていたなぁ」と気が付いたのは、彼女を本当に失った後だったんだけれども。



 僕は今、彼女を失ったから、大宮の応援に専念できるようになったのか?多分、そうだろう。多分そうなんだろうなって、今の僕はそう思ってる。もし今でも二人の穏やかで温かい日々があったなら、僕はここまで大宮の応援にのめり込めることができなかっただろう。「大宮は失恋の憂さ晴らしなのかよ」と言われてしまえば、そうですと認めるしかない自分は、情けない。

 でも、大切なひとを失ってもこうやって毎日を暮らしていけるのは、大宮のおかげなんだよね。彼女から終りを告げられた時は正直、本当に生きる気力も失った。何ごともなかったかのような顔をして仕事をしたり人と接したりしてたけど、生きることに後ろ向きだった。何をするにも力が入らなくて、何処にも行きたくなかったし、誰にも会いたくなかった。そんな暗い時期でも、僕はなぜか大宮の試合だけはちゃんと(?)欠かさなかったんだ。
 生きてる意味を見失っていても、あの90分間のことを考えたら苦しみをやり過ごすことができた。そして、あの90分間を通過すると、次の試合までは生きててもいいな、と思えた。そして、作り笑いしかできなかった自分が本当に心の底から笑えたのは、大宮で共に戦う仲間達と一緒にいられる時間だけだった。

 週末を迎える度に、僕は前を向いて進めるようになったんだ。まだまだ心の中には、鈍く疼くような苦しい想いがくすぶっている。それでも今は随分前を向けているし、少なくとも早死になんて絶対したくないって、そう思ってる。



 ここを立ち上げたのは、去年の8月13日。もう1年だ。こんなあからさまな想いを世間に晒すのは正直辛いのだけれど、自分の中に溜め込んでいても何もならない。だから、節目だからって訳じゃないけど、溜め込んでいたものを吐き出してみる。

  そして僕にはまた、救いの週末がやって来るんだ。次の相手は・・・そう、マリノス。ここを超えることで、僕は一体何を得ることができるんだろう?よくわからない。
 よくわからないけど、何か得られるかも知れないし、何かわかるかも知れない。何か始まるかも知れないし、何か終わるかも知れない。
[PR]

by f.c.barg | 2005-08-12 00:37 | ビギニング
2005年 05月 15日

desesperado higashi-Omiya の誕生

 今日5月15日は、僕のもう一つの誕生日。
 唐突ではありますが、私情により今日からサイト名を変更します。
 絶望という状態から始めて、どこまで行けるか試してみよう。

desesperado 【スペイン語:絶望した、死に物狂いの】
[PR]

by f.c.barg | 2005-05-15 22:11 | ビギニング
2004年 08月 15日

ばあぐ史上初の試み

あ、どうも。
自分の事は<ばあぐ>とでも呼んで下さい。

東大宮っていう、ありがちでステキなところに居るんですけど
ここから日々の感慨などを世に放ってみようかと思いまして。。。
例えばそれはサッカーの事だったり、音楽とか映画の事だったり、
はたまた物欲やら食欲だったりするんですけどね。

何ぶん初めての事なので結構恥ずかしいんですけど、御贔屓にして頂ければ幸いです。

では。

[PR]

by f.c.barg | 2004-08-15 19:24 | ビギニング